2016年01月31日

緩和ケアの日々:4

朝の七時は朝食介助の時間でした。
夜勤者が二人かもしれない。20床あって、自力で食べられない人もいるかもしれない。でも、父は今食事はしていない。一センチ角のリンゴ4切れが限界だ。ほかにも食事していない人はいるだろう。
とはいえ、昨日危篤だった患者を車イスに乗せたいなんて言ったら、大迷惑だよね。
でも私はあえて、わがままを通した。
今日はよくても、明日死ぬかもしれないのだ。
興奮状態ではあっても、起きたい、歩きたいと言っている今なら、
「お散歩に行こうか」と言ったら
「うん。」と、嬉しそうなのだ。
点滴やハルンバッグを看護婦さんに付け替えてもらい、車イスに移動した。
「さわるな」なんて言っても、移動する力はない。
私「思っていたより、足に力が入らないでしょう?」
と言うと、素直に認めた。
私「だから一人で降りてはダメだよ。看護婦さん忙しいから、私がいるときにしてね」
これも素直に返事をくれた。

六時頃は霧があったのに、この時空は快晴で、廊下に日が射していた。
父「天気が良いんだな」
私「気持ちいいね」
フロアを一周して、ロビーに来てみた。庭が見える。その向こうに別の病棟が見えた。花がたくさん咲いていて、朝日がまぶしかった。
以前首の手術で隣の病棟にいた時、この庭に出たかったが、まだ早いと止められたと話してくれた。その時の思いでも、少し話してくれた。
ロビーから庭に出られる話を聞いていたが、30センチほどの段差があって、戸の前で庭を眺めていたら看護婦がやって来た。
「昇降機が付いていますから、このまま外に出られますよ」
操作してくれた。戸を開けると、一月の冷たい空気を感じた。私は慌てて自分の上着を父に着せた。
私「寒いね」
父「早めに引き上げた方がいい」
ぐるりと一周した。
私「今度はもっと暖かい時間に来ようね」
父「うん。」

室内に戻ると、看護婦が待っていて
「写真撮りましょうか?」
日当たりのいい窓辺で撮ってもらった。父はゆがんだ笑顔で、涙がこぼれていた。
私は一生忘れない。

生かしていただいてありがとうございます。

「父の身辺整理」に続く

生命保険・医療保険の無料訪問相談・見直しなら【賢い保険グループ】


【B.A RED】でV字上向き実感
posted by さやred at 10:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月28日

緩和ケアの日々:3

覚悟から一夜明けて、朝七時に病院に行ってみた。
緩和ケア病棟は、24時間面会OK。
看護婦に笑顔で呼び止められた。
「夕べ3時くらいからご活躍でした!」
覚醒し、何でこんなところに居るのかと大きな声で話した。テレビをつけろ、水を飲む、起きる!(酸素マスクをはずして)こんなものはいらない!
平謝りしました(笑)
介護で夜勤の経験がある私には、患者のためとは言っても深夜の話し相手は耐え難いだろうと思われます。しかも否定的、江戸っ子キャラ。
「そのあとお薬使わせていただきまして、今は爆睡です!」
そうですか、ありがとうございます。

病室にはいると、父はあぐらをかいて半目で起きていた。
私「おはよう!起きた?」
父「なんで、こんなこと、するんだ」
私「こんなこと?」
父「ここから出られない」
私「点滴もついてるし、昨日死にそうだったんだからもう少し寝ていて」
父「おかしい。そんなはず無い」
私「昨日の事覚えて無いでしょう。息も止まったりしていたんだよ。朝っぱらから病院からも電話があって」
父「?何を言ってる。俺は、閉じ込められてる。」
私「閉じ込めてないよ?私、そこから入ってきたし」
父「この病院は、おかしい。どうやったら、家に帰れる?」
私「二本足で歩けたら帰れるよ」
父「誰が言ってる」
私「ここの先生が言ってるよ」
父「本当だな?証明して見せろ!」
私「いいよ。でも今、朝の七時で、先生まだ来ていないから、先生が来たら、話してもらおうね」
父「うん。。起こせ。」
私「起きてるじゃん」
父「そうじゃない、歩けるから、起こせ!」
って、起きられない事には気づいてないのね。
私「じゃあ、車イスに乗ってみる?」
父「うん。」
座位が取れるなら、車イスに座ることはできるだろう。

「緩和ケアの日々:4」に続く

【B.A RED】でV字上向き実感

法人ETCカード
posted by さやred at 20:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月27日

緩和ケアの日々:2

緩和ケアの病棟に移ってなれてきた頃、ピアノの音が聞こえてきました。
ボランティアが、ロビーでピアノをひいているという。毎週来るのだそうだ。母が顔を見に行くと、ベッドごと移動して聴きに来てくださいと言われたそうだが、父は断った。照れ屋なのです。
20床満室のはずなのに、いつも静かで、ほかの患者が出てきたのを見たことがない。
面会者とはすれ違うけれど、お互いに話もしない。ピアノの周りにも誰もいないそうだ。
ロビーにはカウンターがあり、時々コーヒーを売っている。丁寧に豆から淹れてくれて50円だ。私と母で二つ頼んで、父にはスプーンで飲ませた。家ではよく飲んでいた。
「旨いね」笑顔を見せたが、ふたくちでむせてしまい、それ以上飲めなかった。
まだ痰は自力で出せる。
できることは自分でしたい。
私たちが帰るときは、水が自分で飲めるように、ティッシュが取れるようにと場所を指定して整頓していくよう言う。
それでも日々、容態は下降しているかんじだ。
数日後、朝に病院から電話があった。意識レベルが下がっていると。
何度も覚悟しているが、辛いものだ。
母も私も疲れてきている。
母も私も、今日までかもしれないと、いつも思う。
昼間の間、目が覚めなかった。
泊まろうかと考えたが、母は帰ろうと言った。
「ダメなときはダメなんだから、私たちがきちんと休んでおかないと倒れちゃう!」
母の、何度も覚悟してきた答えなんだな。

「緩和ケアの日々:3」に続く




失敗しないお墓探しなら
もしもドットネット

posted by さやred at 23:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。